伊東雄歩について
AI文明設計者 / 株式会社ウォーカーCEO / TAOLIS人機和総研 創始者

AI文明設計者 / 株式会社ウォーカーCEO / TAOLIS人機和総研 創始者
AI文明設計者!初めて聞きました! すごい!

2024年の春。
モニターの中で、僕の作った SaaS が、初めて他人のクレジットカードを通した。
設計1日、実装7日、販売開始まで2日。
合計10日。
会社員時代の「企画書承認待ち」より短い時間で、収益が立った。
部屋には、エアコンの音と、自分の心拍音しかしなかった。
うまくいった、と思う前に、別の言葉が頭をよぎった。
これ、いずれ誰でもやれるようになる。
笑えなかった。
「誰でもやれる」が来るまで、たぶん2年もない。
そうなったとき、勝負を決めるのは技術じゃない。
思想だ。そして、決断だ。
思想を持ち、決断を繰り返し、いくつもの事業を同時に回し続ける。
——それが、その夜、僕が選んだ生き方だった。
これはその物語だ。
横須賀の海辺で、教室にいられなかった少年が、
「AI を設計する側に立つ」と決めるまでの話。
1990年、神奈川県横須賀市。
海と米軍基地と、坂と、退屈な放課後しかない街だった。
子供の頃、僕は教室にいなかった。
正確には、いた。
でも、どこにもいなかった。
クラスの中で、僕は標的だった。
理由はよく覚えていない。たぶん、合わせるのが下手だったから。
体操服が隠される日があった。
机の中に、何かが入れられている日があった。
何日も、誰も話しかけない日々があった。
家に帰る道だけが、まともに息ができる時間だった。
家に着くと、父親が物置に放り込んでいた壊れた Windows98 があった。
誰のものでもなかった。
だから、ドライバーで分解した。
中身が見たかった、というのは半分嘘だ。
本当は、教室の代わりが欲しかった。
ハードディスクを抜いて、メモリを抜いて、マザーボードを眺めて——
適当に組み直したら、なぜか動いた。
そのとき、初めて見つけた。
誰も、僕を否定しない世界。
PC は、こちらが正しい手順を踏めば、正しく返してくれる。
気分で殴ってこない。
仲間外れにしない。
中学に上がる頃には、HTML を書いていた。
高校では、誰にも見せないゲームを作って捨てた。
認められたかったわけじゃない。
ただ、自分の設計通りに動くもの と一緒にいたかった。
それだけだった。
東北大学 工学部に進んだ。
横須賀から、できるだけ遠くに行きたかった。
仙台の冬は、横須賀とは別の寒さだった。
雪は乾いていて、足音まで吸い込む。
学部の友達は、合コンとサークルで青春をやっていた。
僕は、深夜の研究室で、ひとり画面を眺めていた。
寂しいか、と聞かれれば——たぶん、寂しくはなかった。
コードと向き合っている時間だけが、まともに息ができた。
それは、あの頃の続きだった。
4年生になっても、何になるかは決めかねていた。
研究者になるには、政治がうまくない。
起業家になるには、まだ何も持っていなかった。
結局、安全な道を選んだ。
新卒で、ソフトバンク株式会社に入った。
通信インフラのスケール感は、本物だった。
でも、毎日、少しずつ削られていった。
会議に出る。
資料を作る。
資料を作るために、別の会議に出る。
意思決定までに、稟議が3階層を旅した。
1ヶ月かけて出た結論が、僕が初日に書いていたメモと同じこともあった。
ある日、上司に言われた。
「お前は、考えすぎる」
その瞬間、気づいた。
教室で標的だったあの頃と、構造は何ひとつ変わっていない。
「合わせるのが下手な人間」は、組織のどこにいても摩擦を生む。
それを直すか、組織を出るかの二択しかない。
僕は、組織を出ることを選んだ。
2015年の春、辞表を出した。
不安より先に、呼吸が深くなった。
帰り道、電車の窓から見えた空が、やけに広かったのを覚えている。
その足で、株式会社ウォーカーを創業した。
肩書きは代表取締役。
実態は、ただのフルスタックエンジニアだ。
最初の半年、取引先はゼロだった。
オフィスもない。
自宅の6畳間に、モニター2枚と IKEA の机を置いた。
朝起きて、コードを書いて、提案書を書いて、寝た。
預金残高が、月単位で減っていくのを眺めながら、
「これ、3ヶ月後に詰むな」と冷静に計算していた。
孤独だったが、不思議と苦しくはなかった。
教室の隅でひとりだった少年と、6畳間でひとりの代表は、
同じ姿勢のまま だっただけだ。
最初の案件は、知人の紹介だった。
要件は Web セキュリティ診断。報酬は、生活費2ヶ月分。
その案件をやりながら、AI 開発の勉強を進めた。
セキュリティで食いつなぎ、AI で次の時代を取りに行く——
この二刀流を、最初から決めていた。
「広く深く」は、若い起業家が選ぶには重い戦略だ。
でも、僕には、それしか方法がなかった。

7年が過ぎた。
セキュリティで請けた案件は、WAF / SIEM / 脆弱性診断 / ペネトレーションテスト / FIDO 認証。
AI で請けた案件は、画像認識、自然言語処理、レコメンドエンジン、RAG、社内ナレッジ検索。
使った言語は、Python / TypeScript / PHP / Ruby / C# / Java / Swift。
触ったインフラは、AWS / Firebase / Docker / Supabase / PostgreSQL / Redis / ElasticSearch。
使ったフレームワークは、Laravel / Django / Rails / React / Next.js / React Native / Unity。
全部が「業務で必要だったから」覚えた。
教科書はなかった。エラー画面が教科書だった。
7年経った頃、気づいたら、何億円規模のシステム をひとりで設計できる立場になっていた。
その立場には、ほとんど誰もいなかった。
似たことができるエンジニアは、たいていどこかの大企業に所属していた。
独立して、全レイヤーを自分で持っている人間は、本当に少ない。
孤独は、いつのまにか武器に変わっていた。
そして、ちょうどそのとき——
2023年の終わり頃から、空気が変わった。
2024年に入って、Claude や Cursor が世に出て、世界の前提が壊れた。
書けるコードの単位時間あたりの量が、3倍、5倍、ときには10倍になった。
僕は、実験を始めた。
「AI と組んで、1人でどこまで会社を回せるか」。
ある SaaS を選んで、設計から販売までを自分でやった。
10日。
会社員時代のキックオフ会議1回分の時間だ。
そして、冒頭のシーンに戻る。
深夜2時、初めて他人のクレジットカードが通った。
うまくいった。
でも、その瞬間、笑えなかった。
「これ、いずれ誰でもやれるようになる」
技術はもう、差別化要因として最後の砦じゃない。
そう確信した夜だった。

世の中は AI を、2つに分けて語る。
僕はどっちにも頷けない。
規制論者は、未来を諦めている。
礼賛論者は、責任を放棄している。
どちらも、「自分は設計者じゃない」と前提を置いている人 の論だ。
僕は、設計者の側に立つ。
AIは設計するもの。恐れるものでも崇めるものでもない。
設計し、制度に組み込み、人類の生存確率を高める方向へ導く。
それが、AI文明設計者の仕事だ。
AI は常にバイアスを持つ。
そのバイアスを与えるのは人間で、認識し修正できるのも人間だけだ。
決断と物理的行動は、人間の仕事。
AI にそれを委ねた瞬間、人類は降りる。
その思想を制度化するために、TAOLIS人機和総研 を立ち上げた。
AI 教育の健全化のために、健全AI教育協会(HAIIA)の理事を引き受けた。
そして、AI と人間の関係を心理レイヤーで整理するために、「AI心理学」を考案中だ。
だから、僕は止まらない。
TAOLIS、新人類育成計画、AIフレンズ、個別コンサル、MiraiPost、miraipage、DigitechQuest、HAIIA。
ひとつの会社、ひとつの事業に依存しない。
複数の事業を、同時に、並行で回し続ける。
それは、ポートフォリオ戦略でも分散投資でもない。
「決断は人間の仕事だ」と言い続けるために、決断の総量で示すしかない からだ。
思想は、口で語っても通じない。
決断の数と速度で、初めて証明される。
それが、AI 時代の経営者にとって唯一誠実なやり方だと、僕は思っている。
迷ったとき、僕はこの順序で考える。
迎合しない。
思想をノウハウに矮小化しない。
それが、ブランドの背骨だ。
その代わり、対人摩擦は増える。
組織適応にも、苦労する。
教室にいられなかった少年は、大人になっても「合わせるのが下手な人間」のままだ。
でも——
人類の未来を守るためには、ある程度の厳しさは必要だ と、いまは自覚している。
それが、孤立を生きるしかなかった少年が、最後に手にした答えだ。
| プロジェクト | やっていること |
|---|---|
| TAOLIS人機和総研 | AI倫理・ガバナンスの研究と提言 |
| 新人類育成計画 | AI × プログラミングで「自分で考え試し形にする力」を取り戻すセミナー |
| AIフレンズ | 一人だと続かない人のための AI / プログラミングコミュニティ |
| 個別コンサル | 停滞期脱出に特化した 1on1 セッション |
| MiraiPost / miraipage | AI 自動投稿 + メディアプラットフォーム |
| DigitechQuest | 岐阜大学 × ドコモと運営する DX コンテスト |
| 健全AI教育協会(HAIIA) | 理事として AI 教育の健全化を推進 |
| AI心理学 | AI と人間の関係を心理レイヤーで整理する考案中の領域 |
「AIフレンズ」を作ったのは、たぶん、あの頃の自分のため だ。
「一人だと続かない」人を、ひとりにしないこと。
教室の代わりを、もう一度、別のかたちで作ること。
媚びない。
迎合しない。
構造で勝つ。
そういう発信を続けていく。
教室にいられなかった少年は、
仙台の冬を抜け、ソフトバンクの会議室を抜け、6畳間の創業期を抜け、
いま、文明を設計する側に立っている。
孤独だった時間が、設計者の眼を作った。
思想を持ち、決断を繰り返し、いくつもの事業を回し続ける。
——これが、僕の選択だ。
決断は、人間の仕事だ。